Not Yet ~あの映画の公開はいつですか?~

主に国内未公開&未発売の映画の話など

「Call Me By Your Name」原作本:終わらない初恋の物語

評判の映画、「Call Me By Your Name」は「君の名前で僕を呼んで」というド直訳邦題に決まり、4月末に公開とのこと。その頃原作の邦訳も出るそうですが、そんなには待てない。無理。

ということでUS Amazonから買いました。いらっしゃいませ~。

「call me by your name」の画像検索結果

恥ずかしながら、これまで読んできたペーパーバックは全て邦訳を先行読了済み、もしくは映画版鑑賞済みだったので、この英語力ではある意味冒険&挑戦?

でもこの原作が

・主人公の一人称

・回想形式

・文字大き目=中編

であるということと、既に映画の情報をいろいろ仕入れていたのでプロットも把握してるし、まあ大丈夫でしょう、と。

結果は、ある点では大丈夫でした。だって妄想はお手のもの。前後の文脈と描いた妄想で補完できました。

もちろんエリオはティモシー(ティモテ)・シャラメくんだと脳内映像(三白眼大好き♡)、そしてオリバーアミハマことアーミー・ハマーのつもりで読みました。ただし、もうちょっと若い時、王子様役の頃の。

その点で映画公開時に物議を醸したらしいですが、原作のオリバー(24)に対してアミハマ(31)は確かにちょっと歳を取っている。でもオリバーはみんなに「映画スターみたい」と思われるアメリカンな美青年。丁度いいじゃん!それに身長差というか釣り合いも重要。ティモシー君は細くて撫で肩のしんなり体型だけど、何気に長身で185くらいあるとか。アミハマは2m近いので並んでる映画のスチルを観る限り、より華奢な少年に見えてますますとってもいい感じ。だいたいアミハマの胸毛も後姿がどーんとしてるのも、別に今始まったことじゃないような。だから文句無し、ドはまりの配役だと思ってます。

「Armie Hammer」の画像検索結果

これはGQ Styleからの写真ですが、ふたりともすごい目力と色気。

 

ちなみに原作中、17歳時点のエリオ自身の容姿については書かれていなかったような。大人になったらお髭があるようだったけれど、回想録形式で主人公が自分のことを美少年だとわざわざ書くのはやっぱりアレなのかと。外見に関して特にコンプレックスは無さそうなので、それが彼の容姿レベルのひとつの答えでしょうか。

 

大丈夫じゃない点も結局は単語力でした。物語の概要は分かるのです。しかし、細かい機微に至ると・・・む、難しい・・・。

エリオは大学教授の息子という恵まれた環境の子で、語学も堪能で哲学書から文芸書まで読む大変な読書家。ピアノもギターも弾けます。

そんな彼の回想は、大人になった彼がしているわけで更に難解な言葉や成熟した表現がスラスラと出てきます。(なんでその単語を選ぶかね)(Google先生タスケテー)と思いながら必死で読みました。

でも、エリオのこういうインテリなところは、彼の恋心を理解する上で重要なキーでもありました。恋をした彼は、その気持ちを自分の中で理解するために、ますます複雑な表現で思考を重ねます。それは彼にとって初めての経験であり、未知の作業だから。

彼は「感じたこと」「分かったこと」をその知性で必死に撚り分けながら、彼の中で永遠になるこの初恋に落ちてゆくのです。

 

読後に著者のアンドレ・アシマンさんのTIFFのイベント登壇時のコメントを読んで膝を打ちました。

"Intimacy is strange: It's the ability to be completely ductal to another person, who basically pours into you, and you pour into them. It's the absence of complete shame vis-à-vis each other."

「性愛は不可思議です。他者と完全に繋がることのできる力であり、注ぎ込まれ、また注ぎ込む。互いの間には全く恥が存在しない」

 

まさにこの小説は、美しい風景の中でエリオとオリバーが出会い、アシマンさんの言う「absence of complete shame(完全なる羞恥の不在)」たる「intimacy(親密な関係)」を、ひと夏の短い間にどう構築したのか、それが現在のエリオの中に何をどう残しているのか、という極めて内省的な回想録だと自分の中で腑に落ちました。

 

正直に書くと、一読目には前半1/3は、市販のAVを早送りで観る中学生のように「いいから早よやれ」などど思いながら斜め読みでした。アシマンさんごめんなさい。

でも事が起き、タイトルチューンが出てからは1文字も落とさず穴が開くほど読みました。

そこで気付いたのです。主に前半に散りばめられた、エリオがオリバーの前で「恥」を感じるいくつかのシーンが、ふたりの結びつきをより強くしていることに。さらにこのふたりにはいくつか共通の性癖=フェティシズムがあり、その奇跡的な一致もまたお互いを離れ難くします。性癖に「刺さった」のです。

セックスは、コミュニケーション手段としては極めて独特です(断言)。

当然ですがひとりでは成立せず、原始からある本能的な行為で、その姿は無防備で滑稽でさえあり、全く理知的なものには見えません。裸を晒しあい、性癖を暴き合い、快楽で恥を越えようとする身体的な挑戦でもあります。ふぅ(息切れ)。

そして基本、秘密の行為です。ふたりで(とも限りませんが)秘密の王国を創り、そこに閉じ篭り執り行います。共通の性癖は、その王国のさらなる奥の間に入るための合言葉や鍵のようなものでしょうか。

でもその秘密の王国に、皮膚感覚でその時「感じ」消えてゆくものだけでなく、理知的に「分かる」もの、共感のようなもの、あるいは愛と呼ばれるものかもしれない何かがその生まれれば、それは身体を離し、身体感覚が消えても残ってくれる気がします。

逆説的に、セックスだけ覚えてる相手には、要するに思い出として遺せた他のことが無いという法則。まぁ、それはそれでひとつの思い出ですけれど。

 

以下に各章のエピソードをちょっと挙げますが、自分的にはこのふたりの「恥」や「性癖」への感覚が顕著なところを抜き出すことになりそうです。

 

実はこのタイトルも、これが現れるまではなんかこう・・・

「ちょいと概念的過ぎやしませんかね?」と思っていました。詩的で音も良いけれど、何それ楽しいの?気持ちいいの?みたいな。

「自分の名前で相手を呼び、相手からも相手の名で呼ばれる」ことは、性的な”プレイ”になりうるのか?それで興奮出来るのか?どうにもはっきりイメージ出来なかった。

(でもトレイラーではアミハマがこの言葉をあの声で、ベッドでセクシーに囁いてる)

果たしてそれは杞憂に終わり、名前を交換する行為は十分に性的で官能的な行為として書かれていました。ただし、思うにそれはあくまで、このエリオという知性と好奇心に溢れた少年と、哲学者であるオリバーの組み合わせだから成立した非常に高度で高級な行為、つまり神々の遊びでした。

そしてこの名前の交換の持つ”効果”が示される場所は、ふたりが密かに睦み合うベッドの中だけではありませんでした。

これはふたりが交わした、いくつかあるふたりだけの秘密の暗号のうちの、最も重要で永遠のものになるのです。

 

そして後半最終章。時間を経たふたりの物語を泣きながら読んでから、また最初に戻りました。これでアシマンさんは許してくれるでしょうか。そうして何度も読み過ぎて擦り切れたペーパーバックには付箋だらけ。好きなシーンに貼ってあります。非公式だけど原作Botも拾ってます。ちゃんと全部、本当に隅々まで読みましたよ!アシマンさん!

 

(会社の英文資料もそのくらい熱心に読めよ!と言う上司の声が聞こえるようです)

 

***

ここからさらにネタバレします。

全訳をするつもりはないので、各章で自分がキーになると思ったところだけ、ざっくり抜粋し感想を書きます。我ながら残念ですが、訳としてはおかしなところがあるかと。

※以下はあくまで原作の話題です。映画では何処がどう使われているか未だ知りませんが、スチルを見る限りあのシーン♡やらこのシーン♡やらはありそうですね。

尚、わざわざワタシが割愛した訳ではなく、この作中では性行為そのものの生々しい表現は殆どありませんでした。下品に寄せていやらしく書くことは避けてある、とも言えるかと。その代わり、エリオくんが急にさらっとすごいことを回想するので(そ、そんなことまでしたのか小僧・・・)とBBAは毎回驚きました。

***

[part 1] If later, when?

80年代半ば。夏休みをリヴィエラの別荘で過ごすエリオの前に、大学院生オリバーが現れる。エリオのお父さんは大学教授で、毎年こうして居候を招くのが恒例。

ハンサムで快活で社交的なオリバーは、直ぐにみんなの人気者になる。口癖は「Later!(また後で)」。

オリバーが気になるエリオ。

ジョギング、自転車での散策、プール、テニス。夏にこの別荘で出来るアクテビティを楽しく一緒にこなしてくれる活発なオリバーは、レオパルディの話題もさらりと出来るし、新進気鋭の哲学者として、ヘラクレイトス研究の自著は翻訳本の出版準備中でもある。村の女たちも、もちろん彼を放っておかない。

 エリオは彼とこれまでの退屈な居候達、今まで出会ってきた人との違いを考え、彼の放つ魅力を分析する。そして自分の中に、彼に向けた秘密の欲望が湧き上がっていることを自覚する。

 

オリバーと自分以外の皆が海に出かけていない静かな日曜の昼、エリオはベッドでひとり夢想する。

(もしオリバーが僕の部屋に来てくれたら)

その夢想はふいに現実になり、オリバーが部屋に入ってくる。

ふたりはアレルギーがあって海には行けないというお互いの意外な共通点を知る。

オリバーはプールに誘うけれど、エリオは気が進まない。ひとり妄想の続きをするか、いっそ目の前のオリバーに、妄想をすべて現実にして欲しいと密かに思いながら断る。

オリバーが部屋を出てからエリオは気付く。自分はさっきの夢想ですっかり興奮していて、履いていた水着の前が濡れていたことに。だからオリバーはこれからプールに入ろうと言ったのだと。

 

次の日、テニスのダブルスが終わり、オリバーがエリオの肩に触れ、マッサージするような仕草をする。エリオはそれを身を捩って躱したけれど、その体験を「swoon(恍惚)」だったと日記に書く。

 

オリバーがいることがエリオの日常になる。

朝食後の芝生の上やプールサイドで交わす、ふたりにしか分からない会話のやり取りの繰り返しにエリオは幸福を覚え、ときめく。そして夢想を繰り返す。

でも彼がここにいてくれるのはこの夏の6週間だけ。

 

[part 2] Mone's Berm

オリバーが使っている部屋は、エリオの部屋とはバルコニーで続いた隣にあり、滞在客のいない普段にはエリオが使っている。エリオはその勝手知ったる部屋に忍び込んでは、オリバーの服の匂いを嗅いだり、ベッドに寝転がったりする。夢想や妄想はますます加速する。どうか夜の暗闇の中、自分の部屋に忍び込んで欲しい、そして自分の何もかもを奪って欲しいと思う。

ある日エリオはオリバーの外出に着いて行き、遺跡を見ながら言葉を交わす。

エリオの史実への深い造詣と語学力にオリバーは感嘆して言う。

「君はなんでも知ってるんだね」

「僕は何も知らないんだ、オリバー、何も。本当に何も」

「何も?」

「あなたや皆が知っているようなことは、何も」

「どうしてそれを僕に、こうして全部話してくれるの?」

「知って欲しいから。あなたには。あなた以外に言える人はいないから」

「自分が何を言ってるか、分かってる?」

このやり取りに、エリオはオリバーが当惑を感じていると思いそう言うと、オリバーは少し憤慨した様子を見せる。

エリオはもう口を噤むことにして、オリバーを自分のとっておきの場所、岬にある”モネの土手”に連れて行く。モネがデッサンをしたという、別荘と海が見渡せる、秘密の小さな丘。

眺めを楽しみながら、ふたりはさっきの会話を突き詰めてゆく。オリバーは博識なエリオの大人びて少し屈折した自己認識と他者認識を少しずつ、カウンセリングのように解きほぐし、自己肯定に導いてくれる。

心の距離も、並んでいる距離も近づき、ふたりは口づけを交わす。誰もいない場所で、それ以上に進むことも出来たのに、オリバーは中断する。

 

その後、ランチで隣の席に座った時、エリオはオリバーの足の感触を妄想し、少しだけ足先でその足に触れる。するとオリバーは自分の足を、撫でるようにエリオの足の下に滑り込ませてくる。

妄想がまた現実になり、エリオは鼻血を出してテーブルを離れる。今にも射精してしまいそうに興奮していることをなんとか隠しながら。

何故自分の妄想がオリバーに伝わったのか混乱するエリオは、彼から少し離れなければと思う。

タイミングを同じくして、エリオはマルシアと仲良くなる。他愛の無い会話と若いセックス。いかにもな、思春期の男女の夏の交際。

 

オリバーもまた自分と距離を置くようになったことに、エリオは傷つく。

でもマルシアが自分に対して、わざと急にそっけなくしたりするのを見て、オリバーもこれと同じ駆け引きをしているのではと思う。

 

「君は僕のことを好きなの?」と訊かれたエリオは思わず

「I'm worship you(崇拝してる)」と答える。

 

エリオがオリバーに夢見ることは、ますます具体的な願望になってゆく。(僕は誰かとこれをしなくちゃいけない。他の誰かとそれをするくらいなら、彼が良いんだ)

夢の中で彼が繰り返し言う「You'll kill me, if you stop」という言葉がエリオを覆う。これは彼の言葉なのか、自分の懇願なのか。

 

何度も何度も、ほんの2行の文章を推敲して、勇気を出し、エリオはオリバーがジョギングに出て行った朝の部屋のドアの下にメモを差し込む。

『沈黙に耐えられない。話がしたい』

朝食後、部屋に戻るともうオリバーから返事が来ている。

『Grow up, see you in midnight』

待ちきれないエリオは、ランチの後、マルシアと自分の部屋でセックスする。隣の部屋では多分オリバーが昼寝をしている。わざと聴こえるように音を立ててみようかとも思う。

 

深夜になり、現れないオリバーに、エリオは彼の部屋に向かう。そして翌朝まで過ごす。

オリバーの提案でふたりはお互いの名前を交換して呼び合う。そのことにエリオは陶酔する。自分と彼の肉体の境界が消え、していることもされていることも共有しているような感覚を覚える。

 

朝になり、シャワー代わりにふたりで泳いでからそれぞれの部屋に戻り、エリオはまた少し冷静になる(賢者タイム)。夢想していたことをすべて実現してしまったら、その後はどうしたら良いのか?経験したからこそ、無かったことにする、そしてもう二度としない選択肢も生まれる。

 

朝食の席に着くと、遅れてオリバーが現れる。エリオの水着を履いて。それに気づくのはエリオだけで、自分の水着に彼のそれが触れていることに強い興奮を覚える。彼の手、彼の足。昨日の夜を鮮烈に思い出しながら、無かったことにはもう出来ないのだと思う。

 

食後、郵便局に行ったオリバーをエリオは追う。エリオのそんな態度に、オリバーは嬉しさを隠さない。

エリオはその耳元に囁く。

「Fuck me, Elio

 

 #以降🍑桃案件*注意*#

昼寝の時間。エリオはひとりベッドで桃を眺めながらオリバーが良く着ているあの赤い水着、家事をしてくれる地元の人達と一緒に果実を捥いでいたあの後ろ姿を思い出す。彼の尻。

エリオは悪戯心で桃の種を刳り抜くと、それを使って自慰をする。そして使ったそれを放り出したまま微睡む。

ふいにオリバーが部屋に現れ、裸のエリオと桃を見つける。取り繕うエリオ。オリバーは状況を理解し、桃を手に取るとそれを割って食べ始める。やめて、吐き出して、と懇願するエリオにオリバーはそれを食べ続けながら、エリオのしていることは自分が原因ではないか、これからはふたりの間にある何もかもを隠さず話して欲しいと言う。

エリオは複雑な陶酔を覚えて言う。

「全部食べ終わる前にキスして」。

 

ふたりはお互いを初めて出逢った日から強く意識していたことを改めて告白し合う。

オリバーは仕事の予定が変わり、2週間早くアメリカに帰ることになってしまう。

時間を惜しむように、ふたりは毎日一緒に目覚め、泳ぎ、昼寝をし、会話をし、お互いを探検するように身体を重ねる。

***

先のエントリーの「God's Own Country」もそうでしたが、エリオとオリバーは、そのセクシャリティには迷いや葛藤は無いように見えます。周囲にはヘテロに振舞い女の子とデートしますが、ふたりとも自覚的なバイセクシャルです。

エリオには過去、行きずりの男に迫られたことがあり、それが悪い噂になっていることは気にしているものの、悩みというよりこの経験を自身のセクシャリティと魅力を知るきっかけと捉え処理しているように感じました。

 

エリオはオリバーに対し、ガールフレンドのマルシアとのことを隠すつもりはない、と明確に考えています。何故なら彼曰く「パン屋と肉屋は競合しない」から(すみません、ここ爆笑しました)。

エリオはオリバーに恋する地元の女子に関して、(かつてその子と自分も何かあったと読者に匂わせつつも)付き合っちゃえば良いとか、いっそ知ってる女全員と寝てたら良いのにとか思ってみたりするくせに、巧みに妨害して蹴散らしたりもします。

 

更にふたりはversatile(リバ)でもあります。エリオは「昨夜、初めて上にしてもらえた」とかあっさり言ってました。あんなことやこんなことも試したようです。

本書はエリオの視点なので、オリバーの過去の性的な経験については書かれていないのは、つまりそれについてエリオは全く興味が無かった、ということでしょう。7歳年上の彼の魅力を考えれば、どんな経験もあって当然と予想していたということでしょうか。

 

未だそういう仲に進んでいないある夜、オリバーが夕食になっても無断で帰らず、釣りに出て船が転覆したのではないかと皆が心配する中、エリオはひとり密かに浜辺に打ち上げられたオリバーを発見する妄想をします。片想いならではの残酷な妄想ですが、もしそんなことになったら、最も望む形でないにせよ、オリバーを永遠にエリオの中で『終わらない初恋』に出来ると思ったのでしょうか。

 

1-2章ではエリオが繰り返しする夢想と実際に起こった(と思える)ことの境界が曖昧に書かれています。上に上げませんでしたが真っ暗な部屋にオリバーが入ってくる未遂エピソードは特に夢の中のようでした。

 ***

[part 3] San Clemente Syndrome

オリバーは、イタリアに居られる最後の3日をローマで過ごしたいと言い、それにエリオも同行する。

3日間の夢のような時間。人目を憚ることもなくずっとふたりは一緒。街に出掛け、オリバーの書籍の関係者や街の人、旅行者たちと飲み、知的な議論を交わし、歌い、深夜の街角で口づけを交わす。

***

ここは抜粋のしようもないのでこれだけです。ふたりにとって最高の思い出となる3日間をローマ(と直接描かれませんがサンクレメンテ島)で過ごします。夢見ていた関係が結ばれ現実となり、ふたりに起こったことが綴られますが、そのすべてはまさに夢のように美しく、かつてない細やかさで描写されます。

 

エリオはオリバーがいつも着ているシャツ通称「Billowy(しわくちゃ)」が大好きなのですが、これを思い出として別れの際に貰うことと、それまで毎日着てくれるようにお願いします。下着も交換して履いていて、ふたりだけの時はお互いを自分の名前で呼び合います。

ふたりは高級ホテルの同じ部屋に当然のように泊まりますが、これがエリオのお父さんの計らいだったりするのがすごい。

4章がクライマックスなので、さらにさらにネタバレします。

***

[part 4] Gost Spot

 

ローマから戻ったエリオの日々。

 

エリオとその両親に約束した通り、夏と同じ年末にオリバーが再び別荘にやって来る。エリオに触れようとしないオリバーは、春に結婚をすることを告白する。

 

次の夏が来て、また違う居候がやってくるけれど、エリオには何の関心もない。

知らせを受けた家族と一緒にオリバーへの結婚祝いを贈るエリオ。

同じ夏、オリバーとも仲良くなった、エリオの親友のおしゃまな少女ビミニの訃報をエリオが手紙に書くけれど、オリバーはアジアに居て、さらに返事はイタリアの住所に出してしまう。運命的に、あるいは意図的にふたりの距離が離れて空白が訪れる。

自分の人生はオリバー以前/以後に分断されてしまった、とエリオは思いながら過ごす。

 

最後の手紙から9年経った夏に、アメリカにいるエリオのところに別荘の両親から電話が入る。

「今、誰と一緒かわかる?」というママ。

彼の小さな息子たちの嬌声を背後に、オリバーが電話口に出る。

「エリオ?」

呼びかけるオリバーにエリオは

「エリオ」と呼びかける。オリバー

「エリオ、オリバーだよ!」と応える。

時間が痛みとしてエリオの上を過ぎてゆく。

 

あの夏から15年のある日、エリオは大学での講義を終えたオリバーに声を掛ける。

「誰か分からないかもしれないけど・・・」

少しの間の後、オリバーはエリオに気付き、その名前を呼び抱きしめる。少年だった彼の頬を覆う髭に触れる。

ただ声を掛け、自分を思い出してくれればそれでよかったエリオに反して、家での夕食に誘うオリバー。断るエリオに

「君は僕を赦してはくれないだろうね」とオリバーは言う。

「赦す?赦すも何もないよ。何かがあるとすれば、良いことしか思い出せない」

模範的な受け答えをしながらも、オリバーの家に行くわけにはいかないと思う自分を、エリオは説明できない。同じ頃に同じニューイングランドに居たこともあったけれど、エリオはオリバーに会いに行くこともしなければ、偶然すれ違うこともなかった。エリオの中ではオリバーはいつも離れたイタリアにいるように思えていた。

見せたいものがあると、自分の教務室に誘うオリバー。その途中、彼は同僚にエリオを紹介する。オリバーが説明するエリオの経歴は詳しく正しいもので、自分のことなんかもうすっかり忘れているだろうと予想していたエリオは感動する。

そうして訪れたオリバーの教務室はあの夏のイタリアの思い出の品々で溢れていた。

 

ふたりはエリオのホテルのバーで飲むことにする。オリバーは時を経ても若々しく魅力的なままだった。

「僕は呑もうって言ったんだよ。Fuckじゃないよ」エリオは牽制する。

ふたりは素直に再会を喜び合う。そしてお互いの一番の思い出を尋ね合うと、それはやはりローマでのことだった。

 

「もしできるなら、また同じことをする?」しみじみと尋ねるエリオにオリバー

「また始められるなら二度目も、そしてまた三度目もするさ」と微笑み答える。

そしてこうして時間を経たお互いと向かい合うことは、まるで「長い昏睡から覚める」ようでも「並行世界を思う」ようでもあると語り合う。

エリオはこれを言うためにこの時があると思い、思い切ってオリバーに告げる。

「あなたは、僕がこの世を去る時にさよならを言いたいただひとりの相手だ」

 

オリバーも秘密を明かす。教務室にあった額装した絵葉書。エリオが贈ったそれに彼が書き込み、誰にも見せていない言葉は、あの遺跡の前でした会話、メアリー・シェリーのあの言葉だと。

 

ひとりになったエリオはこの再会を反芻する。

あの場で何もかもを話し合えたけれど、それはずっと分かっていたことを確認する作業だったと。自分たちはお互いという光り輝く星を見つけ出した。そしてそれは唯一無二であると。

 

また時が過ぎる。エリオのお父さんの訃報を受け、オリバーがイタリアの別荘を訪ねてくる。変わらず皆に歓迎されるオリバー

懐かしい風景の中を20年前のあの夏のように一緒に歩く。それぞれに追憶と現実とを行き来しながら、エリオはオリバーが言うのを遠くに聞く。

「君が好きだ。すべてを思い出したよ」

もしそうなら。ただひとつの言葉をエリオは心で乞う。

 

***

「この夏」という、少し前の過去の体裁、主観者のいる時点と文章の時制が限りなく近づいたエピソードで、小説は終わります。

 

『恩師の息子』と『父のお気に入りの学生』という表向きの関係から、ふたりはいつまでも完全につきあいを断つことが出来ません。そしてふたりとも、お互いを忘れたかのように過ごしたことはあっても、忘れることは出来なかったのです。

 

妻を娶り、息子がふたり出来たオリバーは、何回かの連絡や再会の際に、懇願とも言えるほど熱心に自分の家族に会って欲しいとエリオに言います。しかしそれは当然エリオには受け入れ難いことで、毎回やんわりと、あるいは(彼なりに)はっきりと拒絶します。やがてはオリバーもその意を汲んだのか諦めたのか、譲歩案のようなものを出すのですが、これは一体どう捉えるべきでしょうか。この誘いを受けたエリオの心情は切々と綴られ、言葉としても表されるのですが、オリバーはどんな効果を求めて、彼の家庭というお互いの間にある究極の現実をエリオに直視させたかったのでしょうか。

 

オリバーはあの夏にはヘラクレイトスを研究していた哲学者です。明るく眩しく陽性なキャラクターのオリバーが、ギリシャ哲学でも特に暗くて有名なヘラクレイトスに傾倒していたという設定に鍵がある気もします。「万物は流転する」の通り、ふたりの間にあるあらゆる変化すら共有したい、あるいは研究者として、エリオがそれをどう感じ捉えるのかを、自分がエリオになったように分かるまでフィールドワークしたかったのでしょうか。

ヘラクレイトスには「博識は分別を教えない」という言葉もあります。決して無分別を良しとする言葉ではありませんが、ふたりの間のいくつかのセクシャルなエピソードは、分別とされるものからの逸脱を敢えて実践したものかもしれません。

 

この後映画を鑑賞してまた比較したいと思っていますが、この第4章がここまでの3/4以上に自分の心を捉えました。美しい追憶と時間の経過が綴られますが、夢想が現実となり、さらに追憶となり、エリオの思考はどんどん簡潔になってゆきます。

 側にいられないからといって、愛することはやめられない。

 美しい追憶があっても、二度と会わない理由にはならない。

 

大人になったエリオが何を生業として、誰を愛し、どう暮らしているかは語られません。それらはオリバーと対峙する時にはまったく必要ないものなのです。何をしても何処に居てもどれだけの時間が経っても、あの夏に始まったエリオの初恋はまだ終わらないのです。

オリバーにもう一度、彼の名前で自分を呼んでもらうまでは。

 

追記

邦訳読みましたが、特にエリオとオリバーふたりの口調や間が自分の脳内イメージとは決定的に合いませんでした。そうか、つたない語学力でも原語で先に読むとこうなるのかー、と思いそっと閉じた次第。

あと、単行本のあのイラスト表紙。絵柄がどうこうではなく、想定読者を絞ったローカルマーケティングがどうにも受け入れがたいのです。映画もそうですが、2018年型の訴求として、想定する読者の多様性についてはもっと検証されて然るべきではないでしょうか。

 

訳や理解の差異についてもコメントや別のSNS、英語ネイティヴレベル含むリアル知人といろいろ意見交換しましたが、多分すべての正解は原作者アシマンさんしか持っていないことかと。

今後も本文に関して訂正はしないかと思います。ここでの誤訳や勘違いを不快に思ったらすみません。コメントはご遠慮なく。

 

本作について、アシマンさんの実体験であると論じる人もありますが、作家性というものはおそらく自分の生み出した全てのキャラクターに自分の一部、あるいはすべてを投影するものかと思っています。エリオもアシマンさんであり、またオリバーも、エリオのお父さんも彼なのではないでしょうか。同性に恋焦がれ、一線を越えた、越えることが出来たエリオと、それを羨ましいことだと率直に言うお父さん。エリオの一人称小説でありながら、作者が登場人物に乗り替わり、その視点を双方に置いて交錯させているのが見え隠れしたのが非常に興味深かったです。

アンドレ・アシマンさんは家庭を持ち、ストレートの男性として生活をされているようです。

お父さんはエリオに「しない後悔よりする後悔」であるべきだという結論を出しています。

つまりはそういうことなのではないでしょうか。

 

恋をしたのにそれを何処かに着地させられなかった作者の後悔あればこその、エリオの恋のまばゆい煌き、引き裂かれるような別離の痛みと悲しみ、時間を経ての再会と恋の昇華。それを美しく、あったかもしれない未来と自身の追憶と後悔に向きあい筆を振るう事が作者自身の秘めたる恋への決着だったのではないかと思います。